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お気楽子ダヌキ育て雑記

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自分の中の母性らしきものの目覚めに戸惑いつつも、入院生活は続きます。

保育器越しの対面から数日後、めきめき回復した子タヌは点滴もはずれ、とうとう通常のベッド(というか、新生児用の入れものっぽいもの)に寝られるように!
やっと初めての抱っこもできて、「明日はいよいよ授乳してみましょう」というところまで来たのですが、ここで思わぬ問題が発生。


私が口唇ヘルペスを発症してしまったのです。

なんだかんだ言って疲れがたまってたのかねぇ…。
なんか唇のあたりがむずがゆくなったので、嫌な予感を感じつつ鏡を見てみると…あちゃー、できてるよ水泡が…。
ウイルス性のものだけに、赤ちゃんにどんな影響を及ぼすかわからない。皮膚科と小児科の先生に相談してみることに。


その結果、用心のためにヘルペスが完治するまで私は子ダヌキに触らないようにするということに…。
子タヌは引き続き小児科で預かってもらい、退院後は旦那や義父母に協力してもらえば、それは不可能なことではありません。


しかし


しかし……


目の前に子タヌがいるのに、しかもようやく触れるようになったと思ったのにこんなことになるとは!!
なんてこったい!!!(涙)

面会も退院までは窓越しのみ。なんとも歯がゆい状況…。
だけど、子タヌに何かあったらそれこそ大変だ。我慢せねば…。



とまあ、ここまで書いてきただけでも色々とトラブルがありましたなぁ…(遠い目)
さて、今回はどうなるじゃろう。


ええ、実は来月また腹かっさばいて子タヌ2号を取り出してきます(笑)
そんな訳で、またしばらく書けなくなっちゃったっす、とほほ。
でも、一応やめるつもりはないので、続きはまた時間ができたら書こうと思っています。

んじゃ、いっちょ産んでくるぜ!(笑)
それでは!

| 17:01 | 子ダヌキ育児 | comments(4) | - |
前回の続き。

旦那と共にNICUに向かうワシ。
看護師さんから色々注意事項を聞き、入念に手を消毒して、白衣に帽子を着用。

いざ、対面の時。


保育器に入れられて手の甲に点滴をして眠っている、痛々しい姿の小さな我が子ダヌキさん。

…いや、小さくはないか。3500g越えてたしな。


やっと会えたその顔をしみじみ眺める。…やっぱり猿じゃない(笑)

はっきり言って、現時点ではあまり可愛い系の顔ではない。
ないんだけど、可愛い。ずっとこのまま見ていたい気がする。なんだろう、この気持ちは。

…もしかしてこれが母性ってヤツですか?
スイッチ入っちゃったのか、私?


保育器には小さいけど手を入れられる窓というか穴みたいなのがあって、そこから手を入れて撫でたり触ってもいいとのこと。
旦那も私もなんだかおそるおそるといった感じで、ぎこちなく触れてみた。
暖かくて柔らかくて、なんだかまだ壊れそうで怖い。
でも、その反面「早く抱っこしてみたいなぁ」とも思った。


名残惜しいけれど、面会時間終了。
後は夜の19時から30分間、NICUの窓から姿を見られる窓越し面会という時間が設けられているとのこと。
その時間にまた来ようと思いつつ、またしばしの別れ。


子ダヌキにやっと会えた嬉しさを噛み締めつつも、自分の中に芽生えた母性らしきものに「なんか変な感じじゃのう」と戸惑いながら病室に戻りましたとさ。

また次回〜。
| 16:47 | 子ダヌキ育児 | comments(2) | - |
前回の続き。

母子の対面もそこそこに、子ダヌキはNICUへ。私は相変わらず手術台の上。
あー、とりあえずやっと終わったのか…これで私の腹、からっぽに戻ったんだなぁ。

滞りなく処置も終わり、病室に移動。
手術室を出て、旦那、義両親、両親の顔を見たら、なんだか突然涙が溢れた。
自分でもびっくりしてしまったけど、ほっとしたというか気が抜けてしまったというか…。
そんなつもりなかったんだけど、なんだかんだで結構張り詰めていたんだろうな、私。それが皆の顔見たら途端にゆるんだんだろう。

さて、病室に戻った後しばらくの記憶がありません。
確か戻って間もなく大爆睡してしまったような気がします(笑)

だってさぁ…入院してからろくに眠れてなかったし、2日目丸一日と3日目の半ばまで陣痛でぐったりで…疲れ果てていたのですよ…。


次に目を醒ました時に、看護師さんから今の状態とこれからのこと等を説明されて、またすぐ爆睡。
もしかしたら、この辺りに腹の傷とか痛みがあったのかもしれませんが、こんだけ爆睡してたらわかるはずもなく(笑)
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| 16:54 | 子ダヌキ育児 | comments(2) | - |
前回の記事の通り、入院2日目に陣痛促進剤による地獄のような陣痛にのた打ち回っても出てこない子ダヌキ。
明けて3日目、再トライ。

促進剤を投与され、再び地獄の痛みがジワリジワリと…。
もう嫌だ…だけど産まなきゃ終わらない。頼むから早いとこ出てきてくれよ子ダヌキや…。

耐えること数時間。
この辺はもうぐったりしていて記憶が曖昧なのですが、にわかに医師や看護師さんたちが騒がしくなって「なんだぁ?」と思っていると、こう言い渡されました。

「赤ちゃんの心拍数が下がってきています。危険なので緊急帝王切開での出産になりますね」


これ聞いた私の正直な気持ち。
「あー…これで痛みからおさらばできる…どうぞどうぞ切ってくんなせえ」

いやー、ほんと最低な母っすねw

帝王切開での出産って、自然分娩で産めなかったから「頑張ることができなかった…」と落ち込む方も結構多いらしいですが、私は全然そんなこと思わなかったっす。そういうこだわりは全くなし。
腹かっさばくんだから大変なことなんですけど、麻酔するから痛みはない訳だし、何より子ダヌキが危ないってんだから嫌がる理由もない。


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| 17:20 | 子ダヌキ育児 | comments(2) | - |
なかなか腹から出てこない子ダヌキを強制的に産むために、いざ入院。
しかし、入院初日はあまり本格的なことはせず、様子見で終わり、2日目からが勝負ということに。

その日1日を陣痛室という部屋で過ごしたのですが、3人くらいの妊婦さんが入れ替わっていきました。

弱々しい声で「痛い…痛い…」と呟く人あり。押し殺したような息遣いでひたすら耐えている様子の人あり。
正直、予想より皆静かでした。もっと痛がっているのかと思ってた。私もこれぐらいで抑えられるかなぁ…。




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| 16:59 | 子ダヌキ育児 | comments(2) | - |
色々大変な妊婦期間もいよいよ終盤の臨月。
予定日が近づいてくる毎に、一体いつ陣痛が来るのやら不安に思う気持が強くなります。

なんせ初めてなもので、「陣痛」っていうものがどのような痛みかよくわからない。
「鼻からスイカを出すみたい」とか「生理痛のものすごく酷いもの」とか、世間ではよく言われますが…。
んなこと言われてもなぁ。

そんな訳で、ちょっと腹が痛くなると「おっ?もしかしてこれか?」と思ったり。
まあ結局単なるハライタなんですけどw


そうこうしている間に、ついに予定日!


……なーんも起こんねぇw


まあ、初産は遅れることが多いって言うしね。こればかりはどうしようもない。
待ちましょう。


そして更に日は進み、予定日より1週間経過。
…全然出てきやしねぇ。


病院の先生から「40週を過ぎると羊水の状態が悪くなって、胎児にも母体にもよくないので、入院して陣痛促進剤を使いましょう」とのお話があり、強制的に子タヌに出てきていただくことに決定しましたw


準備を整えて、いざ入院!
さあ、産むぜ!…なんて気合も入っていた訳ですが。


…しかし、この時の私はまだ知らなかったのです。ここからが地獄の幕開けだと言うことを…。



なんだか、これから産む人を脅すような書き方ですまんw
でも、本当に大変だったんだってば…。その話はまた次回。
| 17:00 | 子ダヌキ育児 | comments(2) | - |
妊娠して月日が経つと、当然お腹が大きくなってくる訳でして。
最近なんて「マタニティヌード」なるものが流行ったりして、お腹の大きい状態でヌード撮影して記念にするなんてのもありますな。
ワシは死んでもできんけどね。万が一そんなもん撮ったら「…どこの部屋の力士さん?」って聞かれるのが関の山っすw

ま、それはともかくw

その大きくなった腹が張るんですわ、これが。妊娠後期は特に。
ちょっと無理して動くと結構すぐ張るんですよねぇ。だから休み休み動くしかない。なかなかつらいものです。

私の場合、子タヌが腹の中でよく育っちゃって重いせいで、特にパンパンに張ってました。
重量+張りで、なんと言ったらいいか…「腹だけがロケットになって今にも切り離し発射されそうな感じ」ってところでしょうかw


ほかにも色々と困ったことがありましたねぇ。

・和式便器が辛い
こんな話ですまんwでも、腹が邪魔でしゃがむのが大変で…。
まあ今は大抵のトイレは洋式が多いので助かりますが、よりによって私の勤務してた書店は和式でした…。
その上、妊娠後期は膀胱が圧迫されるからトイレが近くなるわけで…いやあ、ほんと大変だったなぁ…(遠い目)

・横向きでしか寝られない
仰向けだと、もろに胎児の重さが腹に堪えます。とても寝てられないです。
ましてうつ伏せなんてできる訳もなく…つーことで、当然横向きでしか寝られませんでした。
出産が終わったら、とにかく自由な体勢で眠りてぇー!!って思ってましたねぇw


とにかくひたすら体が重い毎日。
3kg前後とは言え、人一人が腹に入ってるってのは、ほんとにすごいw
出産すれば終わるってのはわかってはいるものの、それでも何度となく「ほんとにこの状態は終わるのかなぁ。体が自分の自由になる日は来るのかなぁ…」なんて思ったりして。

まあ実際は、帝王切開での出産だったので、産んですぐには体が自由にはなりませんでしたけどね…。
そのへんの話はまたの機会にw
| 16:44 | 子ダヌキ育児 | comments(2) | - |
自分自身の覚書としての意味も込めて、震災のことを書き記しておきたい…そんな思いから書いてきた記事もこれで最後です。途中、育児疲れでかなり長いことほったらかしたりしたけどねw

あの日までは、大地震なんてどこか他人事でしかありませんでした。

日本に住んでいる以上、いつ起こってもおかしくない。阪神や新潟のような震災が、次は自分の住んでいる所であるかもしれない。それは頭ではわかっているものの、リアルな実感はなく、ろくな防災対策もしていなかったのです。


そして、あの日。
当たり前の生活が、あっと言う間に壊されるという容赦のない現実が突きつけられました。
「備えあれば憂いなし」って本当だなぁ…とつくづく実感。


そして、あれ以来変化したこと。

・どこかに出かけても「今地震が起こったらどこに逃げればいい?」と頭の中でシュミレートすることが増えた。
・備蓄食料を必ずいくらかは置いておくようになった。
・ガソリン・水は必ず確保するようになった。

このへんは、震災経験者なら大多数の方が意識していることかと思います。


それから、これは私自身の気持ちの面での変化。
海を眺めるのが大好きで、今もそれは変わらないんですけど、どこか畏怖の念を抱いてしまうと言うか…以前とは海を見る目がなんだか変わってしまったなと思います。
目の前にある穏やかで青い海も、突然荒れ狂う濁流と化して全てを飲み込んでしまった海と同じなのか…と、どうしても考えてしまうんですよね…。海が悪い訳じゃない。自然はどうしようもない。わかってはいるんですけどね。


これからも日本に住み続ける以上、またいつ震災に遭うかわからない。
かと言って、いつ来るのかもわからないのに毎日脅えて暮らすのも嫌なもの。
せめてもの、今回の教訓を生かして、できる限りの備えを怠らずにいたいものです。


さて、次回からは子ダヌキ育てブログに戻します。
いつになるかわからんけどね…w
では、また〜。
| 17:32 | 日常 | comments(2) | - |
さてガソリン編です。

交通網の発達した大都市ならともかく、我々田舎の住民にとって、車はなくてはならない必需品、まさに足代わりです。一件の家で、成人一人につき車一台なんてこともあったりして。
故に、ガソリンがないというのは大変な事態なのであります。

我が家には軽自動車と普通車が1台ずつありますが、震災当時は軽のガソリンはエンプティー寸前、普通車は半分を切ったあたりでした。あまり余裕があるとは言えません。できれば確保しておきたいところです。


だけど、当時のガソリンスタンドの状況は凄まじいものでした。
ニュース等でご覧になった方は記憶にある光景かと思います。ガソリンスタンドに向かって連なる車の大行列…。

しかし、どんなに並んでもガソリンが手に入る保障はなし。
ガソリンが入荷しても、20リットル制限とか、酷い時は10リットル制限つき。それでもあっという間に売り切れ・完売。あらゆるガソリンスタンドに、2〜3kmにも連なる車の長蛇の列が出来上がり、道路の走行にも正直迷惑。かと言って、水と同様に皆ガソリンを手に入れるために必死なので、どうしようもない…。実際、私の記憶にある限りでは警察だって取り締まりになんて来ませんでした。仕方ないと思ったんですかねw


ガソリンスタンドの対応も様々。
売り切れた後に翌日の分の整理券を配るスタンド。「売り切れ御免・また並んでね」なスタンド。復旧に関わる車のみ給油可のスタンド。携行缶での販売可のスタンドもありました。

私の近所のスタンドも携行缶OKだったので、車で並ぶよりは…と思い、徒歩で行って並びました。
朝6時から並び、給油してもらったのは10時…。手に入ったガソリンは10リットル。正直少ないけど、手に入らないよりはずっとマシ。旦那と交互に並んだりして、なんとか少しずつでも確保はできました。


初めて満タンまで給油できたのは、震災から2週間ちょっとすぎた頃でした。

義父から「とあるスタンドが制限無しで給油してくれた。行列もそれほど酷くない」との情報を頂き、早速朝早めの時間を狙って並んでみました。
ゆっくり、だけど確実に列は進む。
行ける?行けるよね?まさか、私の直前で「ごめんね、今日は売り切れ♪」なんてことにならんよな?そうなったらちょっと凹むぞオイ…。


…果たして、そんな不安は杞憂に終わりました。無事にガソリンゲット!!
スタンドのおじさんに「満タンお願いして…いいんですよね?」と思わず聞いてしまったところ、笑って「大丈夫大丈夫。いくらでも入れていきなー」と言われて、やっと肩の力が抜けました。
それと同時に、こんな余裕の発言が聞けるということは、そろそろこのパニック状態も終わりが近いのかなぁと思いました。

そして、ほんの数日後。
行列がパッタリと消えました。一体あれは何だったんだろう…と、呆然としてしまうくらいに本当にパッタリと。家の近所のスタンドのおっちゃん達が暇そうにしてるのも目撃しましたw
実はあんなに焦って必死に並ぶことなかったのかな…なんて思ったりもしたけど、騒ぎの渦中にいるとそんなことわからんしなぁ。


それ以来、ガソリンは半分を切ったら給油するようにしています。恐らく、あの震災を経験したドライバーの多くがそうしてるんじゃないかなw
いざって時に動くための足がないんじゃどうにもなりませんもの、いや、ホントに。


さて、長々と書き綴ってきた震災編も次で終わりにしようと思います。
子ダヌキ育てブログのはずなのに、本筋から離れて1年以上。肝心の子ダヌキは最早来年幼稚園。ちっちゃかった頃のネタ、どんどん忘れてきてるしw

そんな訳で、また今度!
| 17:22 | 日常 | comments(2) | - |
…なんかマリーアントワネットのパクリくさい台詞で失礼w

水ゲット編もこれで最後です。

義父母宅では徒歩数分の自然公園の湧き水を汲んできているとのこと。
はあぁぁ…その手があったか!
私の家からなら車で3〜4分程度。延々と公民館とかに並ぶよりも、そっちの方がずっと効率的っぽい。早速頼んで、場所を教えてもらいました。

公園の駐車場のすぐそばだったので、車で来れば楽々です。
早速その翌日から、家にある空きペットボトルありったけと、義父母宅から借りた漬物樽を駆使して水を運びました。

ちなみに、もっともっと山の上まで行けば、飲めるくらい綺麗な水が汲めるとのことでしたが…ぶっちゃけ山の上まで行く根性と体力はないので、それはやめておきました。
だって、こんな時に体力消耗してバテちゃったらまずいしさぁ…ゴニョゴニョ…

生活用水は湧き水・飲み水は公民館等に並んで調達することにして、なんとか水ゲットの手段は確立できました。
他にも、旦那の勤め先は水が出る地域にあったので、ペットボトルを持っていって汲んできてくれましたし。

そんなこんなで、震災後3日か4日で風呂桶いっぱいに水が溜まっている状態にまでなりましたw
まあこれでなんとかやっていけるじゃろう。


そんなこんなで、水道が無事復旧するまでの1週間ちょっとを乗り切りました。
最初はにごった色の水が少しずつしか出なくて、なんだかすぐ止まっちゃいそうで怖かったけど、それでもものすごい安堵感を感じたのを覚えてます。

「ああ…これで風呂入れる!ちゃんとメシも作れる!そして…トイレ我慢しなくていいんだ!!
…ってねw


人間は時間が経つとつい忘れがちになってしまうけど、今でもふと、あの時の事を思い出して水の大切さをしみじみ実感することがあります。


やたら長くなってしまった水編はこれで終わり。次はガソリンゲット編です。
| 17:23 | 日常 | comments(2) | - |
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